解任事件にまつわる様々な怪 (寄稿文)

今回の解任事件では、常識では理解できない様々な奇怪な事が起こりました。

  • (1)発端となった「公益通報」の怪リスト1
  •  不可解な経緯の始まりは18年9月29日にさかのぼる。名和氏によればその日、事前の面会予約もなく、総長選考会議の○○議長(学外委員)と○○議長代行(同)、○○北大顧問弁護士の3人が総長室を訪れた。
    ○○弁護士は、名和総長のパワハラに関する公益通報を準備している人物がおり、自分が通報を阻止しているとした上で、「先生は高潔な人物であると信じていましたが、見損ないました。すぐに総長をお辞めください」と辞職を迫った。○○、○○両氏は「(パワハラの)録音テープがある。総長選挙をやり直さなければならない」と○○弁護士に同調したという。
    名和総長と○○弁護士は依頼人代表者と代理人の関係にある。大学の顧問弁護士が総長に辞任を迫る動きに積極的にかかわったことについて、名和氏代理人は後に「弁護士倫理上の問題が生じ得る」と指摘する。なぜこの場面に顧問弁護士が登場するのか、非常に不可解である。
    この「公益通報」はいかなる中身だったのか。その後の動きをみると、そんなものがあったのかさえ疑わしい。なぜか学内の公益通報処理規程に基づいて扱われず、総長選考会議案件とされていくのだ。
    北大教職員組合は公益通報の中身について、公開質問(7月27日付)で尋ねたが、大学側は「通報者等については、顧問弁護士の守秘義務に関わる事項であるほか、通報者保護のため、お答えできません」(同31日付)と回答を拒否している。
    名和氏は公益通報の具体的な内容を知らされないまま、10月に入ると、理事や工学部OBである佐伯浩元総長、側近の職員までもから辞職するように再三説得されるが、応じなかった。
    大学側の説明によると、教職員からの公益通報の内容が顧問弁護士から理事・副学長にもたらされたとして、5人の理事全員の合意により、総長選考会議に検討が委ねられた。総長選考会議は11月6日、調査委員会の設置を決定。同29日に3弁護士による調査委員会を設置し、調査が始まった。
  • (2) 「総長選考会議」の怪リスト2
  •  総長選考会議は国立大学法人法により、国立大学法人に設置が義務付けられている。学内・学外半々の委員で構成され、北大の現委員は10人。総長を選考するだけでなく、解任を文科大臣に申し出ることのできる強大な権限を持つが、北大の運営組織図のどこにも位置付けられていない。現在の北大ホームページは委員名簿さえ公開していない。
    北大総長選考会議が15年3月19日に発表した北大総長の選考基準「望まれる総長像」は「人格が高潔で学識が優れ」で始まる。そうであれば、選ぶ側の人格も高潔でなければならないが、総長選考会議委員の人格の高潔さを担保する基準は全く明確ではない。
    高邁な選考基準を掲げる以上、選考委員は人格が自他ともに「高潔」と認められる人物でなければならないだろう。○○議長は○○(株)の元会長、○○議長代行は地元スーパーの経営者である。お二人とも名和総長の解任決定後、総長として「不適格」な人物を選んだ不明を恥じることも、責任を自覚することもなく居座りを続け、次の総長選考に臨もうとしている。
    法人化で総長選考会議が設置されたことにより、学内の直接選挙で総長を選ぶ学内民主主義は破壊された。アリバイ的に「意向投票」が実施されるが、「意向投票の結果をそのまま学長の選考結果に反映させることは不適切」と文科省はアナウンスしている。そのこころは「文科省に押さえつけられている不満分子の票を集めた候補者が1位になる可能性が高いから」(名和氏)。他の国立大学では意向投票さえ実施しないところが増える傾向にある。
    名和総長の解任の当否について、裁判官的な役割を果たした総長選考会議とは、このようなうさん臭い組織である。中立・公正な采配はあり得ないことを押さえておくべきだろう。
  • (3) 辞職願を受理しなかった怪
  • 名和氏は調査開始から間もない18年12月9日、北大にマイナスのダメージを与えることを避ける妥協案として○○議長に辞職願を提出した。○○氏は「尊重する。これ以上の名誉が毀損されないよう取り計らう」と回答したが、辞職願は受理されず、調査は継続した。
    辞職願が受理されなかった理由についてはいまも判然としない。ただ、名和氏はこの後、「辞職では文科省が納得しない」という言葉を2人の理事から聞いている。自分を何としてでも「解任」という形で辞めさせたい文科省の意図がそこに感じられる。
  • (4) 調査対象が広範囲に及んだ怪
  •  総長選考会議の下に設置された調査委員会は調査開始から約2カ月後の19年2月6日に調査報告書を提出した。規程に定められた調査期間は2月26日までの90日間。3週間の余裕があったにもかかわらず、名和総長本人の聴取は一度も行われなかった。そこに盛り込まれた調査対象項目は多岐、広範囲にわたる。
    調査項目と事実認定された件数は「役員及び職員に対する日常的なハラスメント」23件、「本学の信用を失墜する具体的行為」2件▽「本学代表者及び本学研究者としての問題行為」3件、「総長としての資質を疑われる行為」6件の計34件。
    この中には8万円の総長室洗面台用パーテーションや11万円の総長室冷蔵庫の購入が無駄な出費であるとか、総長就任前の工学研究院長時代にあった業務上の些細な行動までも「規範意識上の問題」として列記された。
    ほかに「調査対象項目のうち非違行為とまではいえない行為」として4件が挙げられている。「総長が搭乗予定であった新千歳空港発羽田空港行き日本航空便の欠航に伴い、全日本空輸便への振替を要求したこと」(対外的な非違行為)、「公用車の私的利用」「確定申告の手続きにおける一連の行為」「公務出張時に航空機を利用した際に航空会社から付与されたマイルの不適切な利用」(公私混同)――とある。
    これらのすべてが「公益通報」の内容であったとはとても信じられない。「公益通報」なるものが個人のレベルで仮にあったとしても、その範囲をはるかに超えた調査が行われたことは疑いない。「あらいざらい調べよ」という号令がかかったか、総長追い落としに使うために日常的に収集していた情報を集約したかのどちらかしかない。いずれにしても、周到に準備された組織的な画策であることは疑い得ない。名和氏は自分の言動の何が調査対象になっているのかさえ知らされなかった。
    総長選考会議はこんな一方的な調査であっても、「公正・中立な立場で調査してもらった。恣意的なことは何もない」(7月1日の会見で○○議長)と強弁する。調査報告書の内容は○○議長から大学役員会に「事実」としてただちに伝えられた。
    一時入院していた名和氏は退院後の19年2月7日(調査報告書提出の翌日)、総長への復職を願い出る。大学役員会は調査報告書の内容を根拠に復職を拒否した。この判断を名和氏代理人は「法的根拠がない」と批判する。辞職願の不受理と復職の拒否の結果、総長不在の異常な状況が1年半以上に渡って続くのである。
  • (5)適正手続きが無視された怪
  •  2019年5月21日と6月21日の2回、名和氏に意見陳述の機会が与えられた。名和氏側には証拠書類や録音データの 閲覧・謄写に「コピー・撮影不可」などの制約が課せられ、第三者に開示しない、関係者に対する働きかけを将来にわたってしないことの誓約書の提出が求められた。
    名和氏側の再三の抗議は無視される。自身の法的対抗措置を含めた防御権が将来にわたって縛られるような誓約を受け入れるわけにはいかないとして、代理人の判断で名和氏本人は証拠へのアクセスを断念した。
    名和氏の代理人を務めたのは○○、○○、○○の3弁護士。いずれも元検察官で、○○氏は法務事務次官、検事総長の要職を務めている。名和氏にとっては最強の布陣だった。○○氏らは最初の意見陳述を控えた5月10日、総長選考会議に「意見書」を提出した。A4判28頁の約3分の1が総長選考会議の手続きの違法性に割かれている。
    「再三にわたり適正手続保障の観点からの種々の問題点を指摘してきたにもかかわらず、貴会議はその指摘をほぼ無視し、違法としか評価し得ない手続を強行し、現在に至るものです」「貴会議の手続の違法はもはや回復し得ない」「速やかに打ち切られるべき」と強い言葉で総長選考会議の手続きの瑕疵を論難している。これに対し、総長選考会議が一貫して取った態度は「無視」であった。
    名和氏代理人が最も問題視したのは①調査委員会が名和総長からの聴取を行わなかったこと②名和氏及び代理人に証拠開示にあたっての不当な条件を付けたこと。この2点だ。
    前者の事実は調査委員会の性格が決して中立・公正なものではなく、最初から名和総長を解任するための材料集めをミッションとしていたことを物語る。後者について、名和氏代理人意見書は「名和氏の正当な防御権行使を著しく制限する不当な要求」「端的に違法」と非難する。
    無視を決め込む総長選考会議に業を煮やした名和氏代理人は文科大臣に対し、大学を適正に指導監督するよう上申したが、文科省からは何の回答もなかった。
  • (6)「パワハラ」が消えた怪
  • 総長選考会議は名和氏の反論をことごとく退け、7月4日、総長解任の申し出を決議。同10日に文科大臣に申し出た。総長選考会議の結論からは「パワハラ」が消えていた。
    調査報告書が認定した「日常的なハラスメント」について、「ハラスメントに該当するかどうかではなく、主に、総長として適切といえる行動であったかについて確認し」と判断基準を変更したのである。
    一方、名和氏に対しては、本件に関する学内外への発言を一切禁止したままだった。
     北大総長選考会議は文科省に上げた「解任事由」の中で、名和氏の「不適切な行為」の形態を次のように列記している。
    「威圧的にふるまう」「過度に叱責する」「合理的な理由もなく予定をキャンセルする」「不必要な業務を指示する」「研究者倫理に反し著作権を侵害することを命じる」「合理的な理由もなく前言を翻す」「入札の公正さを害するような言動に及ぶ」「役職員倫理規程に違反する」「コミュニケーション能力の乏しさ」「対外的にも非礼かつ尊大な態度で接し、大学の信用を失墜させ(た)」
    ところが、それぞれの具体的な場面の描写は紋切り型の修飾語を駆使することで、名和総長の「悪意」をことさらに印象づけようとする。
    例を挙げる。「威圧的な言動」「威圧的な叱責」「威圧的な発言」「前言を理不尽に翻す合理性を欠く発言」「理不尽で合理性を欠く発言」「不適切な叱責」「一方的で不適切な叱責」「理不尽な発言」「相当性を欠く態様で叱責を行った」「理不尽な言動に及んだ」「威圧的で相当性を欠く発言」「不適切で威圧的な言動」。これらは異なる場面の描写であるが、事実の重みがあれば、記録者の語彙の乏しさをここまで露呈する修飾語を多用する必要はない。
    調査報告書は名和氏がこうした発言に及んだ理由を調べていない。名和氏はこのようなアンフェアな事実認定を「前後の文脈や事情を無視してスポットで取り上げている」と反発し、総長選考会議にも意見陳述したが、全く取り上げられなかった。中立的立場で事実を確定させる気が最初からなかったとしか言いようがない。
  • (7)間違いだらけのマスコミ報道の怪
  •  2019(令和元)年7月、北大が文部科学大臣に名和氏の総長解任を申し出た時、マスコミは、「北大の学長選考会議が、名和豊春学長による北大職員へのパワ-ハラスメントを認定した」と報道した。
    これは、明らかに事実に反する報道であったが、北大は、マスコミに訂正を申し入れることも、コメントを出すこともなく、社会的には「パワハラ総長」の心証が強く形成されていった。
  • (7)文部科学省の影がちらつく怪
  •  名和氏は自身の一連の言動について「解任の口実に過ぎない」と考えている。2004年に始まる国立大学の法人化以降、文科省は学長のガバナンス強化を進めるとともに、一方で強いガバナンスを持った学長が文科省の意向に逆らうことを警戒し、大学の自治と学内民主主義の徹底的な弱体化を図った。前述したように、学長を学内の直接選挙で選ばせず、「学長選考会議」といういかがわしい仕組みを国立大学法人法に埋め込ませたのが象徴的である。
     名和氏は支持者にあてたメール書簡「解任騒動に関する真相について」でこう述べている。
    「私は文科省の意向に必ずしも従っていなかった。そのため何らかの口実を設けて解任しようとしたと考えます。特に入試改革、人件費改革や財政改革などでは、文科省側に反対することが多くなった。2018年に検討された『ガバナンス機能の強化』は総長・学長に権限を集中させ、大学の規約改正だけで総長・学長による学部長の任命も可能とするものでした。そのため、文科省が外部から学長を制御した場合に大学の自治が急速に解体すると危惧されたため、十分な討議が必要と強く意見を申し上げました。
    私は学部・学科の意見を尊重し、これを大学の運営に生かし、皆が納得し自ら活動する民主主義的な大学を作ろうとしておりました。教授会だけでなく、若手の教職員の生の声を聴き、善きものについては北海道大学の独自性や自律性として、それを運営に反映しようとしてきました。文科官僚は、従前の『金は出すが、大学の自治には口を出さない』という政治と教育の分離の方針を翻し、今や大学教育の商業化と天下りを両立するために、大学の自治・独立を失わせようとしています。そのため、それを阻止しようとした私の態度が、文科省からすると敵対勢力と映り、辞任や解任を企てたのではないかと推測されます」
    「解任事件に潜むもう一つの理由」として「加計学園・獣医学部」の新設問題にも「反対」の立場で自身が関係していたことを明かす。
    「加計学園問題では、本学の○○獣医学部長が新学部を設立する準備が不足であることを指摘し、私が委員を務める文科省の大学設置審議会で再審議することも話題に上がっていました。文科省は、○○首相の総裁三選が2018年9月20日に決定した後に、私に学内を統括できていない責任を負わせ、大学設置審議会で不利な発言をさせないために辞任を迫ったと考えられます。
    今回の総長解任事件の不透明かつ不可解な事象は、当初から対象を絞ってシナリオを作り、マスコミを使って世論を操作し、自分達の都合の良い結論を誘導することを狙った未曾有の計画的な事件といえます」
  • (8)職員側の落ち度が無視された怪
  •  名和氏の総長としての仕事ぶりや、職員の側にもあった問題について、事務局幹部の一人は調査委員会のヒアリングにこう答えている。
     「ああいう感じの物言いでパワハラと言われるようなところも確かにあるが、本当に純粋に北大のためにと思っているところは間違いなくて、自分の私利私欲で自分が北大の総長であって権威をとか自分のためにというのは見たことがない」「言い方がきついというところは同意しつつも、個人的な恨みつらみで言ってらっしゃる方の話が聞こえてくると、それは何割かは自分自身にも問題あるよねというような話が多かった」
      文科省が進める法人化の行き着く先には何が待ち受けているのだろうか。精神科医でノンフィクション作家の○○氏(69年、北大医学部卒)は「文科省の支配に屈するような大学教育からは、社会の歪みに気付く人材が育たなくなる」と強く危惧する。市民社会に果たす大学の役割に直結する視点であろう。
    「いまの大学は人による支配、法による支配の下にない。法人化のオバケに支配されたイカれた組織になり果てている。ヨーロッパの大学は社会を動かす知的システムとして成立しました。世界を認識するための知的システムだからユニバーシティーなのであり、文科省ごときの支配に屈する大学はもはや本来の大学ではない。日本の社会にやっと根付き始めた知的システムを解体したのが法人化だ。(名和総長の解任は)16年たった法人化のツケがここまで大学を解体していることを自覚する良い機会だろう」
     残念ながら、いまの北大経営陣にそのような問題意識は皆無である。
    「総長の解任は本学にとって大変不名誉なことであり、きわめて遺憾ですが、総長選考会議が文部科学大臣に対し解任の申し出を行ったことは、本学に自らを律する能力が備わっていることの証でもあると認識しています」
    名和総長の解任決定を受けて会見した○○総長代行(副学長)はこうコメントした。総長を解任した詳細な理由も明らかにせず、自浄能力に胸を張る倒錯に唖然とさせられる。
  • (9)学内が静かな怪
  •  このような結論ありきの調査手法に対し、学内から上がっている声は大きくない。かろうじて北大教職員組合が情報開示の要求を続けている。組合は不透明な総長解任の手続きや、学内へのろくな説明もないまま解任直後に始まった次期総長選考について、「大学の自治・学内民主主義が問われる問題」と位置づけ、声明を繰り返し出すとともに、大学当局に対し説明責任を求める公開質問状を出している。
    学外においては「北大総長解任の真相を究明する市民の会」が立ち上がり、2020年8月22日に札幌市内で「真相究明講演会」を開催。名和氏が「私が解任された本当の理由」と題して解任後、初めて公の場で口を開いた。
     北大では次期総長選考が始まり、9月2日には総長選考会議が新しい総長予定者を決定した。笠原氏を含む3人が次期総長候補として名乗りを上げているが、文科省から大学を取り戻す気概を持った候補者は一人もいなさそうだ。総長解任劇の背後に広がる深い闇を照らし出せる光は、学内外の有志が手を携える市民運動の力以外にない。